ペット

2004.12.15

最後に会えなくてごめんなさい。

昨日、うちの愛犬が亡くなりました。
シェットランドシープドックの雌で享年8歳でした。

彼女は私に飼い主としての夢をすべてかなえてくれた子でした。
最近は世間がうるさくなったので、なかなかやってあげることができませんでしたが、彼女は犬を飼ったことのある人なら、やってみたいと思うであろうノーリードで散歩に行ける子でした。私の後についてくるってわけではありませんが、1犬身前を歩き、たまに振り向いては私の顔を見て、それでまた歩き出す。付かず、離れず歩く姿はとても愛らしいものでした。
彼女は私より町内では有名な子でした。散歩の途中で会う人は、私より彼女の名前を呼びます。散歩の途中に会う方々にとっては、『彼女の飼い主の私であって』『私に飼われている彼女』ではありませんでした。
私はそれに対して「なんでうちより知られてるんだ?」なんて、頭を小突いたものですが、実は私にとってそれはとても誇らしいものでした。

そんな彼女が昨日亡くなりました。
 
 
一昨日、体調を崩していることを、私は知らされていましたが、病院に行ったと言う事と落ち着いたという連絡に、私は安心して彼女に会いに行きませんでした。
私がここで判断を誤まった為、彼女と最後に会ったのが二ヶ月も前のことになってしまいました。しかも、最低最悪で鳥頭な私は、彼女と最後に会った時のことを思い出せないでいます。

連絡をもらって、目の前が真っ白になった私は、仕事を早めに切り上げて実家に向かいました。朦朧とした意識の中、車を走らせ、実家の前に着きました。そして、私はここで受け入れたくない現実を実感させられます。

そう、いつもなら聞こえてくるはずの彼女の声が聞こえてきません。

私は足が振るえる足を押さえながら、いつも彼女がいる小屋を横目に家のドアを開けました。
ドアを開けると、あの独特の匂いが鼻腔を襲います。私は、さらに現実を突きつけられ、身体が押さえつけられるような感覚になり、玄関で立ち止まっていると奥から母親が顔を出し、立ち止まる私を彼女のいるリビングへ案内してくれました。

リビングの真ん中で彼女は小さなベットに寝ていました。

彼女の横には、二ヶ月前にたまたまフィルムが余ったために取ったという彼女の写真と父親が作った簡易の線香壷、それにいつも食べているドックフードが置かれていました。

彼女は非常に綺麗な寝顔でうっすらと目を開けていました。
私は溢れる涙を堪えることができずに、目から大粒の涙を流しながら、彼女に触れました。
彼女のさわり心地は以前と変わることなく、いつも通りフサフサの状態でした。
私は、いつもの彼女にもしやと思い何度か名前を呼びましたが、彼女からの答えは決してありませんでした。

私は彼女の前で1時間ほど過ごしました。

母からまだ妹には知らせていないこと聞き、私は妹の泣く姿は見たくなかったので、線香をあげ、今までのお礼を言い、軽くあいていた瞼を閉じさせると彼女の前から去りました。

帰りの車の中でカーオーディオから小田和正の曲が流れると、私は声をあげて泣きに泣きました。
 
 
今、私の手元には彼女の最後写真3枚のうちの1枚があります。当分、これを見れば泣いてしまいそうで悲しい記録なのですが、私は彼女のことを忘れることもできないし、忘れたくもないので悲しみが追従しようとも共に生きていこうと思っています。
 
 
"私の最初の娘、いつかまた会える日まで、元気で"
 
 
 
追記。
このようなことをブログに書くのはちょっと躊躇われましたが、こういう時の生々しい記憶は大事だと思うので、後の自分の為に書きました。

お詫び。
昨日までのコメントには申し訳ありませんが、レスしません。そのような心情ではありませんので。
あと裏LSの方には、欠席理由を「体調不良で欠席」としましたことをここでお詫びします。ターゲッターをお願いされていたので是非出たかったのですが、とてもそんな心理状態ではありませんでした。申し訳ありません。
 
 

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