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2010.12.15

栗林忠道大将。

 昨日23:50臥床。本日5:20起床。気温13℃。天気:晴。歩数11711。
 今日は身体がちょっと痛いかな。
 
 
 
 
 今日も余談がちょっと重めなので、先に持ってきます。
 
 
 
 
 
 ・菅首相、硫黄島で遺骨収集作業を視察
 
 
 本当にこんな売国奴が硫黄島に行って欲しくないわ。
 だって、コイツ靖国神社に参拝しないんでしょ。
 硫黄島の英霊に失礼だから、遺骨とかも触らないでもらえますか!!
 
 
 
 今日は硫黄島の話が出てきたので、ちょっとだけ第109師団師団長であり、硫黄島の戦いの指揮をとった「栗林忠道」大将について少し書きましょうかね。
 そこから靖国神社に参拝しない人間が硫黄島に訪れてはいけないと思う理由も述べていこうと思います。
 
 
 近年、栗林大将はクリント・イーストウッドが「硫黄島からの手紙」と言う映画を発表した為、一時期ブームになったせいもあり、日本陸軍の将校の中では知名度が高い人かと思われます。
 ただ惜しむらくは、硫黄島の戦いでの指揮が素晴らしかった為、そこだけを取り上げられることが多いのが惜しまれます。
 栗林大将は戦闘指揮だけでなく、人として非常に優れた方だからです。
 
 
 そんなわけで、今日はその人となりを少し書いていこうと思います。
 
 栗林大将は、長野県松代町の出身で、長野中学校から陸軍士官学校、陸軍騎兵学校を経て、陸軍大学校へと進みます。
 陸軍大学校では、第35期の次席、恩賜の軍刀組であります。
 ちなみに陸大同期では、クズで有名な冨永恭次がいます。
 
 
 それでですね、陸大軍刀組と言えば、将来の大将が約束されているとも言われたエリートなんですが、栗林大将は戦争後半に第109師団長に任命されるまでこんな優秀な方なのにほとんど前線での出番がありませんでした。
 ちなみに栗林大将がどれだけ優秀だったかというと陸士第26期卒の中では最初の連隊長に昇進します。旭川の第7師団、騎兵第7連隊です。ちなみに陸軍では歩兵より騎兵の方が上というのもありました。
 あと、後の事になりますが、陸士第26期で大将になったのは、栗林大将のみです。
 しかも、陸士27期以下には大将はいないので最後の大将と言われています。
 まあ、陸士25期にも大将はいなくて、栗林大将が最年少での大将昇進を遂げています。
 ものすごい余談ですが、その上の陸士24期で大将になったのも一人だけで鈴木宗作大将だけです。鈴木宗作大将は、開戦時マレー戦のマレーの虎、山下奉文大将の参謀長で後にフィリピン戦でも山下大将の下に軍司令官として付き、レイテ島戦で戦死します。戦死昇進です。
 陸士23期も一人だけ大将がいます。小畑英良大将です。下記に出てくると思いますが、サイパン島などを防衛した第31軍司令官です。こちらも戦死昇進です。
 栗林大将も訣別電報の後の昇進なので、戦死昇進みたいなものですけどね。一応、日数的には数日間は存命中に大将になっているはずです。
 
 
 話が逸れ過ぎましたが、そんな将来を嘱望された栗林大将でしたが、太平洋戦争に突入し、東條時代とも言うべき時期になるとその俊才は生かされること無く、留守居部隊の師団長に収まってしまいます。
 これには、二つの大きな要因があったと思われ、一つは栗林大将が陸軍幼年学校卒業でないことと二つ目は日米開戦に批判的であったことだと思われます。
 陸軍士官においては、陸大卒という肩書きと共に幼年学校卒というのもものすごく大事にされ、幼年学校卒閥が当時は陸軍の中核を形成していたのです。
 そんなわけで以前から書いていますが、日本の陸軍士官の中では最優秀とも言える今村均大将も実は中学校卒だったので、陸大を東條英機と同期の上、今村大将が首席なのに一司令官に留まってしまっていたのは、この辺の裏事情もあります。
 ああ、当然のことながら東條英機は幼年学校卒の上、親父も陸軍軍人の二世軍人です。
 長州閥を排除したはずの陸軍が、またこのような派閥人事システムを作るというところに、人の世の世知辛さを感じたりします。
 
 
 さて、映画「硫黄島からの手紙」でも取り上げられていましたが、栗林大将と言えば、非常に筆まめな方として有名です。
 それは元々ジャーナリストを目指していたというのもあるのでしょうが、性格的に文章を書くのが好きだったのでしょう。
 そんな性格からか軍歌の選定・制作にも加わり、「愛馬進軍歌」と「暁に祈る」という非常に当時の人の親しまれた名歌を残しています。
 ちなみに愛馬進軍歌に至っては、アレンジされたものが現在の陸上自衛隊でもよく演奏されます。
 
 そんな文系大将とも言うべき栗林大将は、戦地からも家族にかなり細々とした手紙を送ったりしているのですが、今日はその遺書とも言うべき手紙を一つ取り上げたいと思います。
 その遺書が書かれたのは、昭和19年6月25日。
 同年6月8日に硫黄島に着任とあるので、硫黄島に来てから約2週間後になりますね。
 ちなみにこの時期の戦局はどうなっていたかといいますと、同年6月15日に米軍のサイパン島への大規模上陸作戦が行われ、同月19日には「マリアナの七面鳥撃ち」という名で有名なマリアナ沖海戦が行われています。
 両方で大敗した日本軍は、同月24日にサイパン島の放棄を決定しました。
 余談ですが、大本営が放棄を決定したのは6月24日ですが、米軍が占領を宣言したのは7月9日となっています。
 まあ、ご想像のとおりこの間には、残存兵というか、取り残された兵約5000人によって、ゲリラ戦やバンザイ突撃などが行われたわけです。
 
 
 話を戻して、栗林大将が遺書を送ったのは、その翌日ということです。
 まあ、遺書というのは前線に赴く軍人の嗜み的なものもあったのでしょうが、サイパン島が落ちた今、次は自身が守る硫黄島ということを明確に意識したとも言えると思います。
 
 それでこの時の遺書の内容を紹介します。
 
 
 「……私の墓地はどこでもかまいません。東京にいるならば豪徳寺ぐらいが便利だが、郷里だったら長野など、つごうのよいところならどこでもかまいません。戒名なども、なんでもかまいません。ことに遺骨は帰らぬであろうから、墓地についての問題は後まわしでよいのです。 もし、霊魂があるのならば、おん身はじめ、子どもたちの身辺に宿るのだから、自宅に祭ってくれればじゅうぶんです。それに靖国神社もあるのだから………」
 
 
 はい、ここで出てきましたね。靖国神社。
 私が今日の最初に靖国神社に参拝しない奴が、硫黄島に上陸するなんて非常識にも極まりないと批判するのはここにあります。
 
 日本国は、当時の日本国民に戦死したら靖国神社に祀ると約束して国民を戦地に送り出しているんですよ。
 それは軍人であろうが、民間人であろうが変わりはないのです。
 だから、栗林大将だって別に個々人で墓地を設けなくても、国が靖国神社で祀ってくれると思ってるので、墓地も戒名もどうでもいいと家族に書き送っているのですよ。
 
 わかりますか!
 だから、日本国という国を継承するものは、この約束を果たしていかないといけないのです。
 硫黄島で亡くなった人の多くは、『靖国神社でまた会おう』と言って死んでいるのですから。
 
 
 こんなことを書くと「いや、そんなことを言って死ぬヤツはいない」って必ずって言うほど批判されますが、この硫黄島の戦いで奇跡的に生還した方の中に混成第二旅団第十五部隊、加藤康雄上等兵と言う方がいます。
 加藤氏は、東京の電気器具屋の息子であった為、地下壕内の電気配線などを担当していたので、地下壕内図を手記に記録していた為に後に厚生省にそれを提出して、現在の遺骨収集にも大変役立っている資料を残した方です。
 ちなみに加藤氏の経歴が凄まじいんですが、彼が硫黄島で逃げまわって生き延びたと思ったら大間違いです。
 加藤氏は、一度目は手榴弾で自決をはかり、不発で失敗。二度目は、モルヒネを注射して軍医に手首の静脈をハサミで切ってもらったが生き残り、三度目はピストルの最後の弾で自決しようと自分を撃ったが、肋骨に阻まれ銃弾が肋骨と肺臓の間で止まってしまい死ねずという凄まじさなのです。
 戦後、加藤氏の手首にはハサミで切ってもらった後があり、銃弾は23年後に取り出すという始末。
 さらにさらに火炎放射器で焙られた両足の皮膚はケロイド状になっていたという次第です。
 
 この加藤氏が戦後、一番憤りを感じるのが「天皇陛下万歳!」と言って死ぬのは"嘘だ"と言われることだと述べています。
 加藤氏曰く、「---はじめ斬り込みの時の合い言葉は、加藤というと清正、大石というと内蔵助というものでしたが、しかし、その後全部隊が決死!というと敢闘!という合い言葉になったのです。しかし、後に米軍がこれを知ってしまい、降伏勧告の放送などに決死、敢闘の兵隊さんたちに告げます……と言うようになりました。そうした空気の中、仲間が次々と斬り込んで死ぬ者、自決する者と後が立ちません。しかし、そんな中で誰もが死ぬ時には"天皇陛下万歳!"を口にしないものはありませんでした。私も三度とも祖国に向かってそれを言いました。私の知る限りでは、戦友たちの別離の言葉は『靖国神社でまた会おう』…そして『天皇陛下万歳!』に決まっていました。」…こう語っているのです。
 ちなみに加藤氏の証言は、現在では非常に信ぴょう性の高いものと再評価されていたりします。
 それは硫黄島の戦いの中で「浅田中尉の遺書」という有名な逸話があるんですが、この逸話の元になっている武蔵野菊蔵中尉の手記があるんですが、以前はこちらの方が加藤氏より階級が上位にある為、太平洋戦争史のバイブルとも言える戦史叢書にはこちらが採用されている為に多くの書物にも後に登場しますが、最近の検証において、この武蔵野手記の信ぴょう性が疑われてるんですね。
 その対になっているのが、同じ工兵であった加藤氏の手記であり、検証してみると加藤氏の手記の方が真相に近いと裏付けられてきているのです。
 その加藤氏が、戦友たちの別離の言葉は「靖国神社でまた会おう、天皇陛下万歳であった」と言い残しているのです。
 
 
 はい、これでどうでしょう。
 硫黄島を訪れるものが、靖国神社に参拝しなくていいと思いますか?
 あそこに眠っている多くの英霊は、死んでも国が靖国神社に祀ってくれると思って亡くなっているのですよ。
 それをしない人間が踏み入っていい土地だと思いますか!!
 
 
 
 私は靖国神社に参拝しない人間があの土地に踏み入ることを断々固として許せません。
 
 
 
 
 
 ・仙谷 「日本のマスコミ、何やっても批判…悪い癖だ」「後ろから前から横から批判される」
 
 
 コイツらってすごい馬鹿だと思うじゃん。
 でもさ、菅内閣って学歴だけ取り上げれば、歴代屈指の高学歴内閣なのになんでこんなに馬鹿だと思いますか?
 
 せっかくなんで、今日取り上げた栗林大将がものすごく的確なことを言っているので、あげておきますよ。
 
 
 
 『---世の中には自分のための試験勉強で体を壊し、死んだものはたくさんいるが、作戦を考えすぎて死んだ参謀の話をまだ聞いたことがない。そんなことで戦に勝てるものではないぞ---』(栗林忠道大将)
 
 
 
 これは栗林大将を後に神様のように崇め、止めるのを聞かずに結局、硫黄島まで一緒にお供した藤田中尉を指導する時に言った言葉です。
 多くの部下を抱える将官としての心構えを説いたと言われています。
 
 
 今の民主党に置き換えれば、「自分のために東大に合格するため、必死で勉強したものはいても、国家国民のために必死で勉強、政治をしようとするものはいない」ということかな。
 
 私は、今日この言葉を思い出したことによって、今の内閣の馬鹿さ加減が理解できたような気がします。
 
 
 
 
 
 
 
 
 ・厚生年金記録、紙台帳と不一致100万人超
 
 
 だから、こんな組織潰してしまえ!
 こいつらは100年かけても出来ねーよ!!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 さて、やっとアニメ感想ですよ。
 今日は前置きが長すぎた。
 
 
 
 昨晩は「俺の妹がこんなに可愛いわけがない」の第11話を見る。
 
 
 
Ws000306
 
 
 ココに来て、地味子回とか俺得過ぎる!
 
  
 
 
 
 
Ws000307

Ws000308

Ws000309

Ws000310
 
 
 …と思いきや妹ウゼェーーーーー!!
 
 
 
 
 
 
 
Ws000312
 
 
 「これからはお兄ちゃんって呼んだほうがいい?」
 
 
 しかし、そんなウザ子にも負けずに俺の地味子は素晴らしいな。
 
 
 
 もう多分出てこないけど!!(´Д⊂グスン
 
 
 
 
 
 
 
Ws000313

Ws000314
 
 
 罰ゲームキター!!
 
 
 
 
 
 
 
 
Ws000315
 
 
 くっ、妹のターンが来やがった。
 
 
 
 
 
 
 
 
Ws000316
 
 
 盛り返した!
 黒猫のターン!!
 
 
 
Ws000318

Ws000320
 
 
 黒猫の絵と声、うめー!!
 
 
 
 
Ws000319

Ws000321
 
 
 内容は最低だけど!
 
 ここから絶対に聖戦は始まらねー!!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
Ws000323

Ws000322

Ws000324
 
 
 ちょwwwww!
 
 ウザデレが……ウザデレが……
 
 
 
 
 
 
Ws000325
 
 
 おっ、お兄ちゃんは騙されねーぞ!!
 
 
 
 
Ws000326
 
 
 なんか画面がボヤけてるぜ……。
 
 
 
 
 
 
 
Ws000327
 
 
 ああ、俺のダメ子が本当にダメ子で良かった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
Ws000328
 
 
 さて、次回で一応一区切りか。
 
 今のところはなんだかんだと楽しめたので次回も期待してるぜ!!
 
 
 
 
 
 
 
 
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コメント

根本博中将が好きです(´ω`)

投稿: Hild | 2010.12.15 21:23

また、マニアックなひと持ってきたね。
根本博中将なんて、相当の陸軍オタじゃないと知らないんじゃないかな~。
たぶん、アンケート取っても正解率が1%いかないなw
台湾の方が知られてたりね!

投稿: あきの | 2010.12.16 07:44

http://www.amazon.co.jp/dp/4087805417

本屋でこれ見て思わず買って以来です
男気溢れ過ぎだね!

投稿: Hild | 2010.12.19 21:20

かなり面白そうだね。
正直、満州戦線って酷すぎて目を背けてるところがあるので、これを期に読んでみようかな。
蒋介石自体が敵という認識なので、台湾の成り立ちもよく知らないしなー。

投稿: あきの | 2010.12.20 12:00

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