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2010.10.13

何も知らない日本人。

 昨日23:30臥床。本日5:20起床。気温19℃。天気:曇。歩数14871。
 本日はあまり虫の居所が良くないみたいだ。別に何があったってわけではないが、こんな日もある。
 
 
 
 
 
 
 
 
 ・民主「証人喚問して何になるのか。単なる政治ショーだ!反対!」
 
 
 昨日の夕方、こんな記事を見た。
 
 その中に…
 
 
 >>『単に道義的、政治的責任を求めるなら、選挙民が次の選挙でどういう投票行動をするかだ。有権者の皆さんが選挙でそういう人を選ばなければいい』
 
 
 …こんな一文を見つけ、「ああ、コレはもうダメだ」と思いました。
 
 別に民主党がダメだとか、この平田健二という議員がダメだというレベルの話ではなく、選挙民がダメだということの"ダメだ"です。
 
 もうコレって、完全に民主党は有権者をナメてかかってる。
 そして、そんな風にナメられてしまう有権者に問題がありすぎる。
 
 
 私は最近のスタイルとしては、民主党のミスは有権者のミスだと思っているので、やはりこの有権者の啓蒙なくして、現状の打開はありえないのですよ。
 
 そんなわけで気長な作業になるかと思いますが、第一としてはこの腐った教育の改革なんですが、次代としては、マスコミの改革というものをやっていかないとこの民主主義という大衆政治は、すぐに衆愚政治になってしまうと言うことをちょっと今日は書こうと思います。
 アメリカなり、イギリスなりがまあまあそれなりに正しい方向に進んでいるのは、政治家がある種、しっかりとマスメディアというものを掴んでいるからにほかならないのです。
 
 大衆は、このマスメディアの呪縛というものから、逃れることが出来ません。
 現在もネットなどによって多角化は進んでいますが、それもまだ媒体として、大きな波がくればそれに流される傾向があるのです。
 
 
 
 ここで一つ、太平洋戦争時のおかしな話をしておきます。
 
 太平洋戦争中期、1943年は昨年末から始まった、アメリカの反攻作戦が本格化し、有名なガダルカナル島からの日本軍撤退命令が出された翌日から始まります。
 コレは、1942年12月31日に本土では大きく「転進」と報じられ、後年も大本営発表の典型みたいに言われてる「餓島撤退」命令です。
 この時の撤退戦の素晴らしさは、日本では知ってる人は少ないと思いますが、米国将官には大きく評価されています。
 ただこの餓島作戦に伴う日本人の餓島での損害は、死者20000人を超えているので、日本で賞賛されないのはしょうがないところです。
 この餓島撤退を境に日本軍は守勢にまわり、1943年になると各所で玉砕を繰り広げていくのです。
 
 まずは、餓島撤退命令発令の2日後、1943年1月2日にはニューギニアのブナにて、将兵約2500人が玉砕します。
 そして、この地域のブナ・ゴナ・ギルワ・ラエ・サラモアというところに篭った日本軍は、約11000人と言われ、7000人以上が戦病死しました。
 
 ちなみになんでこんなことが起こったかといえば、当時の日本軍には退却という思想がなかったというのもあるのですが、実はここに渡った将兵は、渡ったが最後、退却することすら出来なかったのです。
 何故、退却できなかったというとこの時既に制空権を米国に奪われており、この時の南方軍第18軍の拠点であるラバウルからの兵員・糧米・弾薬輸送は既にままならなかったのです。
 そんなわけで行ったが最後、米尽き、弾尽きようとも戦い続け、死ぬしかなったわけです。
 そして、更にどうしても玉砕しなければならなかった理由がもう一つあります。
 それは、先程書いた餓島撤退が1943年2月から開始されるということだったからです。
 何故、餓島撤退とニューギニアでの玉砕がリンクしているかといえば、この時はまだアメリカ軍には、日本軍は退却しないと信じられていたからです。
 この思想は、1943年当時はまだものすごく有効でした。
 実のところこの思想の為にブナに篭った兵数は1大隊あまりだったんですが、アメリカが投入した制空権を制した、機械化師団3師団を2ヶ月以上も相手にしていたのですから、この凄まじさがわかると思います。
 実にアメリカ軍は、あまりの手際の悪さにマッカーサーは激怒し、攻撃師団長を更迭し、新しく師団長についた猛将"アイケルバーガー"師団長は、『ブナを取るためには、諸君自らの屍の山を築け!』と日本軍さながらの厳命をしています。
 余談ですが、パプアニューギニアの現在の地図を見るとポートモレスビーからブナに向かって山越えの道路が通っているのが見えると思いますが、この道路がマッカーサーがブナを落とす為にわざわざ作った道路です。
 
 ブナ地区にいた日本軍は、餓島に取り残された友軍約10000人の撤退の為に死んでいったのです。
 
 
 さて、マスメディアの話から、何故私がこんな太平洋戦争の話をしたかといえば、この当時の日本本土で新聞を中心に各メディアで伝えられていた話がなんだったかという話をする為なのです。
 当時の大本営発表の甘さは、皆様よく日本史などで植え付けられているでしょうが、新聞各紙は大本営発表を書いたり、批評したりしていただけではないことをわかっている人が少ないかと思います。
 当時、大手新聞社は普通に前線に従軍記者を送っています。
 故に少なからずもこの状況というのはわかっていたはずなのです。
 餓島戦初期に帰されたとは言え、餓島に渡っている記者もいます。
 それなのに大手新聞社は全くと言っていいほど、この凄惨な玉砕戦を報じた社はありません。
 大本営によって、情報統制されていたとよく言い訳がましくいう者もいますが、決して日本の情報統制などドイツに比べたら子供だましのようなもので、そんなことなどなかったのです。
 この時、マスコミが何をしていたかといえば、大東亜共栄圏や大東亜会議という、極めて政治色が強い絵空事の報道に妄信していたので、このような日本軍に不利な、そして、つまらない記事を扱うことはなかったのです。
 そんなわけで、日本国民は自らの父や兄、子や孫が日本からはるか5000キロ以上も離れた南方の孤島で、食べ物もなく、逃げることも出来ず、病気に侵され、銃弾で体を穿かれて、死んでいたにもかかわらず、まったくその状況を知らなかったわけです。
 
 
 そして、この過ちを日本国民は戦後、「軍部」のせいにして逃げましたが、また同じことを繰り返すのでしょうか? ということ考えずにはいられないのです。
 
 今度は「民主党」のせいにするのでしょうか?
 
 それともその前の「自民党」のせいにするのでしょうか?
 
 
 いい加減、この『人のせいにする主義』からは脱却して欲しいと考えるのです。
 
 
 
 
 
 
 せっかく今日はWWⅡのニューギニアの戦いについて、取り上げたので、余談をいくつか書いておこうと思います。
 ストパンが終わってから、WWⅡ期の話へのアプローチが失われているので、なかなか話せないのでね。
 
 
 それで、ストパンが出てきたから思い出しましたが、以前ストパンの記事で「反跳爆弾」について書いたことを思い出しました。
 あの時、私は反跳爆弾についてあまり良く知らないと書いたような気がしますが、そう言えば、このニューギニアの戦いの最中にアメリカ軍が使用して、日本の輸送船団が全滅した戦いがあったことを思い出しました。
 私の記憶では、この作戦は「第八十一号作戦」と覚えていたのですが、今日調べてみたら、「ビスマルク海海戦」なんてちゃんとした名前がついてました。
 この戦いは、先程書いた通り、補給も退路もないニューギニア島で窮地に陥る日本軍を救援するために行われた大輸送作戦なんですが、輸送船全滅、兵員は予定輸送兵員の半数にのぼる3000人以上死亡という、非常に痛ましい戦いのことを言います。
 この時、アメリカ軍が輸送船団を攻撃するために使ったのが、スキップボミングと呼ばれる反跳爆弾だったのです。
 この作戦では、日本軍は珍しく直掩の零戦を100機、駆逐艦8隻と輸送船団を守るための出来うる限りの努力はしたのですが、このアメリカ軍の新式反跳爆弾作戦によって敗れるのです。
 これは、当時はまだ零戦に対抗できる連合軍航空機のない時であり、非常に日本軍に与えた精神的ダメージも大きかったです。
 
 ちなみにですね、この時、また日本軍には珍しく兵員には、全員ゴムの救命胴衣を付けさせるという入念さがありました。これはですね、この作戦を指揮した海軍の責任者が山本五十六司令長官であり、陸軍が今村均中将という良識派が責任者にいた事にある為なのと、日本軍としても最初から1/3は沈むだろうと予想していた戦いだった為にあるのですが、そんな親心というか、指揮官の良心をも砕くように、輸送船が沈没し、海面に浮く日本兵を屑ヤンキーは、余す所なく機銃掃射をし、次々と殺したのです。
 その執拗さは、半端なく、近くの孤島などに漂流した者へもむけられ、その鬼畜さは機銃の弾が切れたら、基地に戻り弾を補充してまた戻ってきて撃ち尽くすというものでした。
 この時の"虐殺"記録写真は、現在でも残っているので日本人なら一度は見ておくべきです。
 
 この海戦を私が「ビスマルク海海戦」なんて言われてもピンとこなくて、『ダンピールの悲劇』と言われればすぐにわかる理由がそこにあります。
 
 
 虐殺で思い出しましたが、今日書いた餓島戦やブナ戦での日本軍捕虜は300名くらいしか記録されていません。コレはフィリピンで8万人も降ったアメリカ軍とは違い、ものすごく少ないのは、日本兵が降伏しないというのもありましたが、実は動けなくなった日本戦病兵はアメリカ軍が捕虜として扱わずに戦車のキャタピラ等で押しつぶして殺したことにあります。
 この辺もコレだけは褒められるアメリカの国家としての潔さというか、記録保存主義というか、その為に資料が残っているので、やはり日本人なら見ておくべきだと思います。
 
 
 
 まだ、ズラズラと書けますが、長くなったので今日はこの辺で終わりにします。
 
 
 
 
 
 
 
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