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2010.09.30

戦国武将データファイル 15号。

 昨日20:30臥床。本日5:00起床。気温20℃。天気:雨。歩数15305。
 結局、体調を崩す。いろいろな怒りのせいか、熱が上がり帰宅後計ったら37.8℃あった。
 早めに寝るが、鼻と喉の痛みで二回ほど起きる。本日も体調不良なり。
 
 
 
Busyo_15
 
 
 
 
 ・戦国武将データファイル 15号。
 
 
 時事は身体にあんまりよくないということで、今日は歴史の方で行きます。
 
 表紙は山本勘助。本当にどう触れていいかわからない。個人的には、何故、大河ドラマにしちゃったのかもわからない人です。
 
 そんなわけで、今回も武将名鑑から取り上げます。
 今号は、佐々成政、伊達輝宗、尼子晴久、田中吉政です。
 
 
 この中ですと田中吉政かなって感じです。
 田中吉政は、有名でもなく無名でもないという微妙な位置にいる武将かと思います。
 あまり何をやった人?と問われて答えられる人も少ないだろうし、人生の派手さもないので、人気も微妙かなと思います。
 ただ、私は個人的には好きな武将です。
 なんというか、信頼の置ける感じなのです。
 
 出自は、近江宮部村と言われ、宮部継潤に仕えたことにより、その後、豊臣秀吉に見出されることになり、信頼されて養子の秀次の宿老となります。
 当時、秀次と言えば、近江八幡に城を構え、秀吉の後継者としてすき放題やっていた時期であり、そこの宿老に付けられるということは、どれだけ秀吉が吉政を買っていたかわかると思います。
 ちなみに宮部継潤もマイナーですが、秀吉に信頼され、重用されていて、鳥取では、あの毛利家で無敗の男と呼ばれた"吉川元春"と激戦を繰り広げたりして、優秀な人物です。
 ゲーム会社"チョン栄"では、元主君の宮部継潤と共に評価がイマイチなのは、さすがチョン栄と呼ばれるだけに、日本史を知らないと言えます。
 
 秀頼が生まれ、秀次が疎まれて自害さられると木村重滋や前野親子などと多くの家臣が切腹を賜ったが、吉政は宿老にも関わらず許されました。
 同じような立場であったものには、中村一氏、堀尾吉晴、山内一豊などがいます。
 まあ、名前だけ見ると許された方が有名どころが多いので当然なのかな?とも考えがちですが、木村重滋は当時山城淀18万石の大名であり、前野長康も11万石を治める大名で、しかも秀吉に仕えた最古参とも言える人物なので、それを殺していることから、秀吉の狂気はこの時既に止められないところまで来ていたということでしょうかね。
 ちなみに前野長康と蜂須賀小六は、秀吉の出世物語には必ず出てくる「墨俣一夜城」を手伝った人物と言われ、お互い義兄弟の契りを結んでいたと言われています。
 
 
 吉政は、その後も累進を続け、岡崎10万石の領主として、関ヶ原を迎えます。
 関ヶ原の戦いでは、吉政を含め、先程出てきた中村一氏、堀尾吉晴、山内一豊は皆、東軍である家康に味方しています。
 
 ここでですね、私の一つの見解としては、この四人はこの当時全て、家康の旧領を治めていると言うことを書いておきたいと思います。
 田中吉政が三河岡崎10万石。中村一氏が駿河駿府14万石。堀尾吉晴は隠居していて息子の忠氏が遠江浜松12万石。山内一豊が遠江掛川5万石です。
 秀吉は、信頼できる腹心を家康の旧領に入れたつもりでしょうが、これは本当に甘かったとしか言えません。
 対家康を想定していて、家康の旧領の民兵を使えると考えるのはあきらかに無理があります。
 確かに秀吉は、兵農分離で農民と武士とを分けましたが、農民の協力なくして兵を動かすのは凄まじく大変です。
 その辺を考えるとこの東海地域を治めていた武将たちが、雪崩うって家康側へ行ったのは仕方が無いと言えるかと思うのです。
 
 
 吉政は、関ヶ原後に筑後柳川32万石を与えられ国持大名となります。
 現在の柳川市は、この吉政と後に入る「東に本多忠勝という天下無双の大将がいるように、西には立花宗茂という天下無双の大将がいる」と秀吉に言われた"立花宗茂"によって基礎が作られました。
 
 
 
 
 合戦リストは厳島の戦いです。
 厳島には行ったことがあるのですが、あの狭い町に陶晴賢軍15000人が収まっていたのが驚きです。
 なんか、新しい検証を待ちます。
 
 
 
 
 名城コレクションは米沢城です。
 伊達、上杉と有名どころが居城としてますね。
 生まれ故郷ということもあってか、政宗も秀吉に奪われてから結構最後の方まで取り返すのに拘ってます。
 
 
 
 
 
 
 
 
 ・照英がバニーガールの格好をしている画像をください
 
 
 これは反則だー!
 
 照英フォルダスゴすぎ。
 
 
 
 
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