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2010.04.12

ユーティリティープレイヤー・木村拓也。

 先日、チラッと書きましたが、巨人・木村拓也一軍内野守備走塁コーチがお亡くなりになりました。
 
 彼を初めて野球選手として知ったのは、広島時代、広島に木村拓也という名前の選手がいるって話題になった時からでした。
 当時、SMAPの木村拓哉がもう爆発的な人気を博していたので、また、不幸な名前の選手だなって言うのが第一印象です。
 
 その次に意識したのは、我が巨人軍に入団してきた時でした。
 おぉ、キムタクがトレードで移籍してきたけど、どんな選手だっけ?なんて思って、調べたのを思い出します。
 当時は、巨人が4位なんて順位をとりやがった弱い時代で、しかも、打線は四番ばかり揃えた堀内時代の悪影響もあり、木村拓也選手のような、野球選手!っていう選手が入ってきたのはいいことだと喜んだ記憶があります。 ちなみに私は、守れない走れない選手は野球選手とは思ってません。
 
 巨人に移籍してきて、沈んで行く選手を何人も見ている私にとって、その後、木村拓也選手が一軍に上がってくるかどうかが心配でしたが、それは杞憂に終り、すぐに一軍登録され活躍し始めました。
 2007年になり、第二次原政権2年目では、レギュラーに固定されたと言っていい活躍で二塁手として多くの試合に出場してました。
 久々のリーグ優勝を果たしたこの年の終りには原監督から「今年、タク(木村拓也の渾名)がいなかったらと思うとゾッとしますね」とコメントされるまでの巨人の選手になっていました。
 
 
Taku001

 2008年では、開幕からスタメンで二塁手として出場。
 6月21日、対ソフトバンクとの交流戦では、逆転サヨナラ安打を放ちました。
 この試合はリアルタイムで見ていたので、よく覚えています。9回2死まで負けていて、よく一緒に「ズムサタ・熱ケツ情報」にコンビで出ていた大道選手の同点ホームランで追いついてのサヨナラだったので印象的でした。
 余談ですが、木村拓也選手と大道典嘉選手は、ズムサタに一緒によく出ていて、ものすごく明るくサービス満点で番組を盛り上げてくれていたんですよ。
 
 
 
Taku004_2
 
 
 2009年には、あの有名なシーンでチームを救います。
 9月4日のヤクルト戦。
 阿部、鶴岡が交代し、その上、捕手出場中だった加藤選手がデットボールで倒れ、登録捕手がいなくなった時に颯爽とマスクをかぶり、レガースをつけて登場したのが、木村拓也選手でした。
 12回の表、3対3の同点でこの攻撃を凌げば、負けはないという場面。しかも、巨人はマジックが点灯しているので引き分けでも1減るという状況なので、引き分けは勝ちに等しい場面での登場だったのです。
 さらに原監督は、投手をフォークの豊田、スライダーの藤田、直球の野間口と一人一殺体制で繰り出すと言う選手起用をしました。
 こんなに難しい場面なのに木村拓也選手は、相手の攻撃を無得点、2三振で終えるのです。最後の野間口投手の150Km/hの玉を取るところなんて、本職にもなかなかいないような、素晴らしいキャッチングです。
 ちなみにこのキャッチングがなぜ素晴らしいかというと日本のキャッチャーは、玉を取った後に動かす人が多いのです。これは大リーグのキャッチャーなんかは殆どいない取り方だそうです。このような取り方をするキャッチャー心理はちょっとでも真ん中に来てますよっていうアピールのタメみたいですけど、審判に言わせるとそこで判断してないので、意味が無いことで、むしろ鬱陶しい行為なのでやめて欲しいそうです。そんなわけで、キャッチングは堂々と「オラ、どうだ!」くらいの心構えで取ってくれた方が審判としても、勢いでストライクと言っちゃうらしいですよ。だから、あの取り方は素晴らしいのです。
 
 そして、2009年に自身初の日本一になり、引退を発表。後進の育成へと進むため、巨人の一軍内野守備走塁コーチに就任するのです。
 実際、私は引退発表された時には、まだ惜しいと思っていたし、先が心配だったので、すぐにコーチ就任が発表されてすごくホッとしたのを覚えています。
 こんな貢献した選手をあっさり捨てやがったら、また、昔の巨人だと思い、怒り心頭だったに違いありませんので、本当によかったと思いました。
 
 そんななかの訃報、後の巨人軍のヘッドコーチ、また監督にもなれるような方だと思っていたので、本当に残念で仕方が無いです。
 土曜日のズムサタ特集は、大号泣しながら見ました。
 そして、今も泣きながら書いている次第です。
 ほんと、会ったことも無い方なんですが、こんなに悲しくなるのは、久しぶりです。
 
 
 はぁ、感情に任せて書いた乱文ですが、今日はこの気持ちを書き留めておくことに意義を求めて、この辺で終わりたいと思います。
 
 
 
 それでは、私が木村拓也選手の写真で一番好きなのを最後に載せておきます。
 
 
Taku015_s_2


 後ろ姿なのは、前をみると涙が止まらないからです。
 
 

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名言格言ことわざそして感動「君はすべての事に対して臆することなく、勇気を持って戦う姿勢を持っていました。君の精神は私たちの心の中で、間違いなく脈打っています。一緒に戦うぞ。タクヤ、ありがとう」lt;コメントgt;木村拓也コーチは、選手や監督からも信頼され愛されていたのですね。#63896;... [続きを読む]

受信: 2010.04.24 22:38

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